手ぶら登園保育コラム

保育園の運営に役立つ情報を発信

子どもたちはなぜ、最初に『打楽器』を手にするのか——NHK交響楽団・植松透 #保育アカデミー

子どもたちはなぜ、最初に『打楽器』を手にするのか——NHK交響楽団・植松透 #保育アカデミー

2021年5月『春の保育アカデミー』のテーマは「表現」。現場で日々さまざまな実践や工夫をしている全国の保育者に向けて、6人の専門家が自らの思う「子どもの表現」や、大人の寄り添い方を語っていきます。

初日に登壇したのは、『NHK交響楽団』の首席ティンパニ奏者・植松透さんです。プロの音楽家として幼児教育にも携わる植松さんは、園でもなじみ深い打楽器の魅力を通して、“まだ形にならない”子どもたちの表現の大切さを訴えます。

「ありのままの表情すべてが、絵になり音楽になるんです」

日本を代表するオーケストラに所属しながら、「型の外」の音にこだわる植松さん。本記事では、その貴重なメッセージの一部を共有していきます。

(この記事は、『春の保育アカデミー』(主催:大友剛)のオンライン講義の内容を、メディアパートナーとしてベビージョブ編集部が再構成したものです)

演奏家として「形にはめない」「説明をしない」

植松僕はふだんNHK交響楽団にいて、『ティンパニ』というオーケストラでもっとも音数の少ない打楽器を扱っています。お釜のようなものを4つほど並べて、上に皮を張った楽器です。それを楽団の一番うしろの、ど真ん中に座ってずっと演奏させてもらってきました。

植松そんな仕事の一方で、僕は幼児教育にも長く関わってきています。アンサンブル(合奏)の団体を結成して、子どもの前でコンサートをやったり、一緒にその楽器で遊んだり。

多くの子どもたちが楽器として一番最初に触れる、そして誰にとってもすごく親しみやすい「打楽器」というものの魅力を、自分も一緒に突き詰めていきたい。そういった思いを持って今もずっと活動を続けています。

『春の保育アカデミー』講師の植松透さん『春の保育アカデミー』講師の植松透さん

植松ピアノや歌を仕事にする両親の影響で、幼い頃から「音楽」を身近に感じるなか、僕が最初に憧れたのは『オーボエ』という笛の楽器でした。ところがあまりに高くて買えず、でも高校の吹奏楽部にも置いていなくて。

そんなとき、父親が「歌と打楽器は、音楽の原点だ」と言ったことがきっかけで、打楽器をやるようになります。実際に演奏してみると、幼稚園のときから触れていた『トライアングル』『タンバリン』『小太鼓』といった楽器が、すごく難しくておもしろいってことに気づくんですね。

すごく簡単な楽器のなかに「音楽」の奥深さがあって、それを出会い方ひとつで幼い子どもたちが大好きになったり、大嫌いになったりする。「打楽器のおもしろさを掘り下げていけば、子どもたちと音楽を通していい関係がつくれるんじゃないか」と思い、ある大学の幼児教育科の先生に進路を相談してみました。そこで「子どもの前に立つには“本物”じゃないと困る」と言われたこともあり、僕はプロの演奏家の道を歩むことになります。

子どもの前で演奏するためには本物目指さなくちゃいけない

植松僕の活動の考え方は、オーケストラでも子どもたちとのアンサンブルでも、基本的に一緒です。「大人向け」「子ども向け」といった言葉自体好きじゃないので、どんな相手でも一生懸命に練習して真剣に演奏する。ただ、子どもに向けて演奏するときに気をつけていることもあります。

1つは、「形にはめない」「型にはまることを目指さない」こと。子どもたちには僕の肩書きなんか一切通用しませんから、すごく無垢に音楽を聞き取って、演奏の中身だけを見てくれます。こっちも“素”にならないと、子どもたちとは付き合えないんですね。

なので、僕らがふだん大事にしてる型を「どれだけ壊せるか」がむしろ大切になる。形がないもののなかに、音楽の一番の喜びやおもしろさがあるということを、子どもたちに教わるような気持ちで臨んでいます。

もう1つは、「これをこうすればこうなるよ、と説明をしない」ことです。答えを子どもたちに教えるのではなく、相手が気づいた音のおもしろさを、その場でどうアレンジしていくかを考えるんです。子どもたちと音でキャッチボールを始めるイメージですね。

そうすることで、音楽会などの中身もとても濃くなるし、子どもたちが一番楽しめる空間や時間をつくれると僕は思っています。

楽しむだけで、音楽は自然に生まれる

植松音楽会では、よく「楽曲を仕上げる」という言葉が使われますよね。オーケストラの楽団でも、もちろんそこを大事にしています。

ところがおもしろいことに、同じ曲を何百回やっても、一度として同じ演奏ってないんですよ。ホール、お客さんの雰囲気、その日の天気、僕らの気持ち……いろんなことが起きて変わる。できあがりの形を予測できないのが、実は楽しいんですね。

そう考えたとき、僕はコンクールで目指すような「完璧な演奏」って本当に必要なのかな、といつも思うんです。だって、僕たちが現場で演奏してる音楽が必ず完璧にならないから。むしろ試行錯誤のなかで、僕らが毎回変わっていっちゃうことのほうがすごく大事じゃないかと感じています。

色んな変わりようの中にある方が音楽らしいって実は思っているんですよね

植松子どもがものを叩いたり声を出したりするときも一緒です。「おもしろいとき」「嬉しいとき」「すごく嬉しいとき」で、子どもたちの出す音って変わりますよね。

どんな気持ちを入れるかで中身が変化していくのが音楽であって、譜面に忠実な演奏だけさせていても音楽にはならない。なので僕は、子どもたちから自然に出てくるエネルギーを「どこへ持っていくか」ってことに、みんながもっとアイデアを使ったらいいんじゃないかと考えてるんです。

まだ型にはまらない子どもたちの「本質に近い表現方法を形にする」のが大人の役目であって、子どもを「すでにある型に当てはめる」ことが役割じゃないと思うんですよね。

型にはめることではなくて方を飛び出すことだと思ってます

植松実はうちにも、小学校3年生になる双子の娘がいるんです。いろんな保育士さんや親御さんと同じで、どう音楽と付き合いながら育てていくのか日々悩みながら、とりあえず「一緒に音を楽しむ」ことだけをしてきています。

それでも、まだ言葉の通じないようなときも叩くものを与えれば見事にチャカチャカ、ピッチャカポッチャカと楽しそうに遊んでいました。型なんて全然ないんですが、音を出したいって気持ちをもうそのまま具現化してくれる。それが実に「音楽的だな」って感じたんですよ。

で、そのまま好きなように遊ばせておくと、ただ感覚でやっていたところから、だんだん音程が取れたり、メロディーの意味を理解したりと形になっていきました。こちらが与えなくても、勝手に曲を選んだり踊り出したりします。そうやって自分から音楽が出てくる瞬間に、僕が太鼓で少しサポートしてあげると、もうずっと歌や踊りを続けるんですね。

もちろん見ているなかで、「こっちのほうがいいんじゃない?」って言いたくなるときもあるんです。でもあえて放っておくことで、本当にさまざまな表現を見せてくれる。それを8年間で何度も目にして、「楽しむだけで、子どもたちって音楽を自然に身につけていくんだな」と改めて実感してきました。

つくった音色を“引き出し”に入れる

植松そんな音楽の魅力を、『打楽器』という視点からもう少し考えてみたいと思います。

みなさんは打楽器ってどういう楽器だと思われていますか?「リズムを淡々と刻んでいく」といったイメージも当然あると思うんですけど、僕は『音色(おんしょく)』をつくる楽器だと考えています。

音色というのは、音楽に対しての肉付けです。「どういう気持ちなのか」「どんな感覚でいるのか」といった、すごく抽象的な部分を表現するもの。

そもそもドレミファソラシドすらない打楽器は、「この音を出せば正解」といった概念がありません。“ドン”にするのか“トン”にするのか“ト”にするのかも、“キ”なのか“ケ”なのか“ク”なのかも、ぜんぶ自分で選べる楽器なんです。

ドラム

植松打楽器の基本は、「おはよう」って言いながら人の肩を叩く感じだと言われます。そのとき、気分に合わせて叩き方を自然と変えますよね。逆に感情を抜きにして「フォルテで、スタッカートがあると思って」などと言われてもうまく叩けません。要は、感情が入ってるほうが叩きやすいんです。

もちろん打楽器にも譜面はありますが、「その譜面ってこういうことですよね?」と表現するのは自分です。それを音楽の流れ、周りの雰囲気、一緒に演奏している人の気持ちなどを考え合わせながら、「悲しい」「楽しい」などの音色として選んでいくんですね。

感情の違いを太鼓の音色で表現する植松さん(講義内で実演)感情の違いを太鼓の音色で表現する植松さん(講義内で実演)

植松やってみると、音量も若干変わるのがわかると思います。また、叩き方だけじゃなく、バチを変えることで表現の広がり方や深さも変化します。その意味では、道具もすごく大事ですね。

では、そんなふうに「自由に選べる」打楽器に、園のなかでどう向き合ったらいいのか。

まず大人たちがやらないといけないのは、“引き出し”をとにかく増やすことだと僕は思います。「嬉しい」「悲しい」「楽しい」「イライラする」「すごく気持ちがいい」……いろんな表現の引き出しを自分のなかにつくって、たくさんの音を入れてあげてください。

そして、子どもたちと一緒に演奏したり音を真似たりしながら、子どもが出す音、子どもの作る音も一つ残らずそこにしまい込んでいってほしいんです。

その時の気分に合わせた音を探すのが打楽器の一番の醍醐味だし楽しいことだし

植松そうやっていくと、子どもが出す音一つひとつが実は自分の引き出しには存在しない、「ありえない音」だと気づきます。例えば「ぞくぞくする気分のときどのバチで叩く?」なんて聞くと、とんでもないものを選んできたりする。それで実際ぞくぞくしたら、「◯◯ちゃんの教えてくれた音、一ついただきます」って引き出しに入れさせてもらうんですね。

音色の幅が広がれば広がるほど、子どもたちと演奏するときの自信になるんです。そして、自分もより一緒に遊べるようになると僕は考えています。

園にある『打楽器』の、本当の魅力

植松もう少し例を挙げますね。例えば、みなさんよくご存知の『トライアングル』。どの園にも必ずありながら、もっともひどい扱いを受けている楽器の一つなんですが(笑)、実はオーケストラの入団試験に使われるほど多彩な表現ができます。

例えば、日が昇るときに太陽がきらって光る音や、星が瞬くような音、命が果ててしまう最後の灯火を表現する音、ただのお祭り騒ぎでじゃーんと遊ぶ音……。これ一つで、すべてのサウンドがガラッと変わってしまうぐらいの影響力があるんです。

もちろん形や太さ、バチによっても音が変わるし、同じ楽器のなかでも場所ごとに出る音が異なります。

吊り下げる紐を釣り糸に変えることで、「いい音」をとにかく探していると話す植松さん吊り下げる紐を釣り糸に変えることで、「いい音」をとにかく探していると話す植松さん

植松あるいは『タンバリン』。これも単純な楽器ですが、「手」という道具を変えることでいろいろな音色を出せます。

グーで叩く、パーで叩く、指で叩く。この楽器がおもしろいのは、振るという表現もできるところです。片手で横に振ったり、縦に振ったり。指でこすってもいいし、それに他の動作を混ぜてもいい。頭で叩いたっていいんです。

もう体の使い方がさまざまにあって、「楽しい」も「悲しい」もこれ一つで表現できるのが、この楽器の一番の醍醐味だと僕は思います。

右手を使って今の縦の振りと合わせる

植松子どもたちが園で最初に手に取るものが、なぜピアノやバイオリンのような複雑な楽器ではないのか。それは、単純な楽器ほど音色が豊富だからです。一つの楽器から音色をたくさん引き出せて、喜怒哀楽をもっともストレートに伝えられるのが打楽器のいいところなんです。

そこでの大人の仕事は、子どもたちが楽器を持ったときに「今何を表現しているのか」を汲み取ることになります。もし出てきた音が自分にないものであれば、自分のなかに新しい引き出しをつくる。子どもを否定をしないことがすごく大切です。

感情に定義はありません。無限にある表現のなかで、子どもが「楽しい音だ」と思ってつくった音なのであれば、それをそのまま音楽のなかに生かすことが大事だと僕は思っています。

音と音で「人の気持ちを変えられる」子どもたち

植松こちらが10000個の引き出しを持っていても、10001個目の音をつくりだすのが子どもです。だから、音色づくりを続けていかないと子どもたちに負けちゃうんです。

僕はプロの演奏家として、名曲を何百回も演奏して「いいな」と思う音色をつくり出すことをずっとやっています。もちろん楽器もバチもたくさん揃える。毎日いろんな音色探しの旅をしていますが、そのすべてが子どものためになってくると僕は思っています。

作り出すことを辞めずにずっとやってるわけですよね

植松みなさんも同じで、できるだけ普段の生活のなかでいい音色を見つけることをしてみてください。そして見つけた音を、「きれいだな」「ものすごく楽しいな」「これを聞いただけで悲しくなるな」といった情報と一緒に引き出しにしまうんです。

例えばスプーン。そのままだとあまりいい音はしませんが、紐で吊るすとすごくいい音が出ます。ごはんを食べながらそんなことを考えてみる。今はまったく意味がない音かもしれないけれど、増えた引き出しのなかにある感覚がふと、演奏するときに出てくることもあります。

生活のなかの音の、極めつけが新聞紙だと話す植松さん。即興でつくった「新聞紙のうた」を披露します生活のなかの音の、極めつけが新聞紙だと話す植松さん。即興でつくった「新聞紙のうた」を披露します

植松日常のなかにたくさんある音色をうまく使えば、「音で遊ぶ」ことがいっぱいできるようになります。それを聞いたら、今度は子どもたちから「次はこれもやろう」みたいなことも出てくる。

そこには音による時間の流れができていて、その流れを楽しんでいるときを僕は「音楽」って言うと思うんですね。

だから、すばらしい楽曲なんか別に必要ない。まだ譜面にもなっていない音と音で人をつなぐことが子どもたちにはできるし、音の流れる空間のなかで人の気持ちが変化していけば、それで十分音楽になるんです。

人同士が楽しくなったりってする空間を子どもたちは自在に作れるんですよ

植松こう考えると、子どもたちってものすごい表現者なんです。僕たちはそれを見ているだけでも楽しい。でもできれば、そこに一緒に参加させていただきたいわけですよ(笑)。

僕たちが「参加したい」と思えるものを子どもたちは常につくっていて、音楽の一番大事な部分もそこにある。このことをわかったうえで、子どもたちと音色をうまく共有することができれば、今までなかったような音楽の世界がつくれるんじゃないかと僕は思っているんです。

※ 90分の講演内容から、植松さんのメッセージを記事として再構成しました。講演後、視聴者から質問がたくさん寄せられたので、次の記事ではその内容を一部ご紹介します

講師:植松 透(うえまつ とおる)
東京都出身。国立音楽大学、同大学院音楽研究科にて打楽器を学ぶ。1993年にNHK交響楽団に打楽器奏者として入団。ティンパニ奏者となり現在に至る。また幼児と音楽の関わりに興味を持ち、たいこアンサンブル・トムトムを結成、自らのライフワークと捉え幼稚園や養護学校でのコンサート活動を展開する。
企画・主催:大友 剛(おおとも たけし)
ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。「音楽とマジックと絵本」で活動。NHK教育「すくすく子育て」に出演。東北被災地に音楽とマジックを届ける『Music&Magicキャラバン』設立。著書に「ねこのピート」「えがないえほん」「カラーモンスター 」など多数。YouTubeで発信中。

(構成・執筆/佐々木将史

<『春の保育アカデミー』の続編となるセミナー『夏の保育・教育アカデミー』が、2021年8月に開催されます(Peatixにて受付中)。10名の講師による8講座、すべての講演で見逃し配信に対応。団体申し込みの場合は臨時職員・保護者への無料招待つき。詳しくは下記サイトをご覧ください>

保育アカデミー公式サイト

おむつの管理が楽になる手ぶら登園

手ぶら登園

おむつのサブスク手ぶら登園( https://tebura-touen.com/facility )とは、保護者も保育士も嬉しいおむつの定額サービスです。手ぶら登園は、2020年日本サブスクリプションビジネス大賞を受賞し、今では導入施設数が1,000施設(2021年6月時点)を突破しています。

保育園に直接おむつが届くため、保護者はおむつを持ってくる必要がなくなり、保育士は園児ごとにおむつ管理をする必要がなくなります。

>>手ぶら登園資料ダウンロードはこちら

手ぶら登園公式LINE